ジャージ姿はそのままで、身支度を一応整えたお姉ちゃんは「ちょっくら行ってくる」と、面倒そうに言うと家を出て行った。
梅沢さんの迎えを待つ義理はないって言っていたし、いつものことだ。梅沢さんもわかってると思うから……うまくお姉ちゃんを途中で拾えるといいけど。
どうでもいいけど、外行きの靴がスニーカーじゃなくて、便所スリッパって……二十歳の女としては大問題だと思う。
由希は今日はお出かけだから居ないし、久々に一人!
解放感に大きく両腕を上に伸ばし、再びソファにごろんと寝転がった。
お姉ちゃんが出向いたってことは、もう事件は即行で解決のはず。ただ、梅沢さんの苦労がうかがえる。
梅沢さん、っていうのは刑事さん。なんか一度階級とか言われたような気がするけど、興味ないからべつにいいか。
熱血。うるさい。真面目。最初はお姉ちゃんのこと毛嫌いしてたらしい。今の心酔ぶりからすれば、お姉ちゃんが絶大な効果を発揮した協力があるんだろう。
私のお姉ちゃんは、探偵だ。
いや、探偵なんてものを生業とはしていない。
だけど、物語とかマンガに出てくる探偵のような存在だとは思う。
ただ、お姉ちゃんは歩いていても事件には遭遇しない。遭遇するのはもっぱら私。だからお姉ちゃんは仕方なく助けてくれる。
ある意味お姉ちゃんは反則キャラなのだ。物語の中にキーキャラとして絶対に必要な存在。だけど現実世界では、お姉ちゃんは一介の女子大生なだけだけど。
……うん、嫌ってないけどね。
たまたま再放送をしていた探偵ものがやってる。2時間スペシャルのやつだ。
探偵ってのは、大抵なにか事件に巻き込まれて、手がかりを得て、事件を解決に導いていく。だけど実際はこんなに簡単にはいかない。
ドラマの中には解決のためのヒントがきちんと盛り込まれていて、アドバイスを与えてくれる登場人物たちしかいない。
ヒントばっかりくれるんだから、多少は迷っても、最後はゴールに辿り着くに決まってる。
「……うちのお姉ちゃんなんて主人公にしちゃったら、そもそも成立しないよねー……」
始まって数分で終わっちゃう。
テレビではちょうど探偵役の男性が必死に町中を走っているシーンだった。……こういうのもドラマでよく見る。
誰かを追うシーンによく見られるけど、闇雲に走ったって見つかるわけないじゃん。ふつーは諦めるっての。
――とまあ、こんな感じでドラマを見ていたのが30分前の私。いや、こんな状態になる前の私の出来事。
さて、なんでむーむー唸っているのかっていうと、もうちょっと説明がいる。
テレビを眺めていた私、液晶画面からぬっ、と腕が生えたのに気づいて瞼を擦った。
疲れ目なのかな。でも私、パソコンとか使わないし、両目とも視力は1.5以上っていうか……。
擦っていた手をおろすと、腕はなかった。
なあんだ、やっぱりね。ほらね。
そういうことだと思った。だってさ、なんの手品かと思うじゃない? それにテレビから出てくるって、呪われたビデオじゃあるまいし。だいたいうち、ビデオデッキないし。
ほら、ね。と自分にもう一度言い聞かせていたら、またぬっ、と腕が生えた。
あまりのことにぽかーんとしていると、さらに腕が動く。うわっ、キモい! なんか動きが怪しい!
何かを探すようにぶんぶんと手を振り回している。
ぎゃああああああ!
素早く立ち上がって、私は台所にあったハエたたきを取ってきて構えた。
「悪霊退散悪霊退散ー!」
ばしばしと無遠慮に腕らしきものをはたく。うおお、消えろ! ナムアミダブツ!
叩いていると、腕が引っ込んだ。
……はぁー。良かった。ったく、ひとん家の家電製品になにしてくれてんの。
そっと近寄ってうかがうけど、何も変化がない。良かった。穴とか空いてたらお姉ちゃんだけじゃなくて、由希にも怒られるところだった。
胸を撫で下ろしていると、腕が強い力で掴まれる。
「いやああああああああああーっ!」
大絶叫をあげてしまう。
ちょ、ちょっと! 掴まれちゃった! しっかりと! むんずと!
「お姉ちゃーん! 由希ぃぃぃぃっー!」
たすけてー!
情けない助けを求めながら、私はひたすら画面から出ていた腕を振り払おうと必死だった。
ぐっ、と腕に力が込められる。そして、画面からずるりと何かが出てきた。
ぎゃああああああ!
なになに「ずる」ってなによ! 私はナメクジとかああいうぬめぬめしたのが大嫌いなのに!
一気に血の気が引いて私の意識が、ブラックアウトした。

