二階からドアが開く音がして、由希が「ゲッ」と呻く。お姉ちゃんに殴られればいいんだわ、こんな変態!
 階段をとんとんと降りてくる音に、なぜか泥棒も静かに緊張している。
 リビングのドアを開けて入ってきた美和お姉ちゃんは、寝起きなのがわかるほど、髪が乱れていた。でも私には後光がさしているのがみえるくらい素敵な天使に映っている。
「……うるさいって言ってんだろ。静かにできないのかい、あんたたちは」
「お姉ちゃん!」
 涙声で訴えると、お姉ちゃんはこちらを見て、メガネの奥の目を細めた。
「なんでインコが居るんだい。邪魔だよ、消えな」
 インコとかじゃなくて! ていうか、こんなでっかいインコいないから!
 私は立ち上がってばたばたと右手を振る。
「この人たち、変な話してるのよ! 由希が変なこと言うから!」
「べつに変な話じゃないと思うけどなー」
 視線を逸らしつつ言う由希は、明らかにお姉ちゃんからの睨みが怖いからだろう。声が若干小さい。
「そこの娘に無体なことをしたと言われたので、責任を取ろうとしたまでだ」
 尊大に言い放つ泥棒。なんて偉そうな態度なのかしら!
「それで?」
「正妃と、正妃に送るオレが持つ国宝の一つ、『リィエンの華』を差し出すと言ったら、そこの娘が騒ぎ出したのだ」
 お姉ちゃんの威圧に負けまいとしているのが……バレバレなんですけど。そんなに怖かったか……美和お姉ちゃんが。
 お姉ちゃんは鼻を鳴らし、「それで?」と私を見る。
「勝手に話を進めてんのよ! 確かに許せないけど、すっごく不愉快だけど、なんで結婚話までいくのかわかんないの!」
「確かにね。
 ちょいとそこの異国の人、うちの妹は結婚するなんて言ってないんだがね」
「し、しかし……オレの責任問題だと……」
「じゃ、あんたのお国で一番の謝罪をしな」
 あっさりとお姉ちゃんが言い放つ。日本で言うなら「土下座」なみってことね。さすがお姉ちゃん!
 うんうんと頷いて泥棒たちのほうを見ると、彼らは揃って押し黙っている。
 しばらくして、インコのほうが「えー……」と低く切り出した。
「それは、首を刎ねるということでしょうか」
「はあ?」
「我が国では、最上級の謝罪は己の首を差し出すことになるのですが……」
 …………重い。
 なにこの重い話。
 鎖国時代のにっぽんだわ。
 切腹だわ。お侍さんの話だわ。
 意識がまた飛びかけるけど、お姉ちゃんの燐とした声でそうはならなくてすんだ。
「バカ言ってんじゃないよ。命差し出すのが最上級の謝罪だって? それでうちの妹が納得するとか本気で思ってんのかい!」
 そうそう、もっと言ってやって!
「確かに、命とかいらないね。生首とか、あっても困るだけだし」
 由希は余計なこと言わないで!
 泥棒がこちらを見る。
 うっ。な、なによその目。
「…………モンテ。平民の娘の納得する謝罪はなんだ?」
「やはり爵位などかと思うのですが……」
「だがそれでは納得しそうにないぞ」
「価値観の違いですな」
 そこでバシッとインコの頭にリモコンがぶつけられた。けぺっ、とインコが痛みに声を洩らす。
 投げたのはお姉ちゃんだ。いつの間に私の手から取ったんだろ。……で、横に来たんだろ?
「じゃあ謝り方を学ぶんだね。そこの坊ちゃんがどんな身分で、どこのどいつだろうが、木暮家に居る以上、従ってもらうよ」
 有無を言わせない迫力満点の声に由希まで青ざめてる。「これだから怒らせると……」とかぶつぶつ言ってるのが耳に入った。
 インコは器用に腕組みし、唸ってから頷いた。
「一理ありますな。こちらの世界でご厄介になる以上、王子もこちらの慣習に倣うべきかと思われますぞ」
「なっ……モンテ!」
「では時間がないのでこれで失礼。あ、また近況に変化があれば来ますので」
 ずいっと再びテレビの中に戻ってしまったインコは…………明らかに「逃げた」としか見えなかった。
 残された泥棒は静まり返ったまま、動けないでいる。
 ぎしぎしと、まるで油の差していない人形みたいな動きでこちらを見遣り、困惑したように視線を床に落とした。
「しゃ、謝罪に関してなのだが……」
「まずは自己紹介じゃないのかね。なってないね、異国の男は」
 いきなりお姉ちゃんが遮ったので、さらに緊張したらしくて顔が引きつってる。
 うっわー……。こ、怖い本気で。
 泥棒は瞬きを数回繰り返し、それからうやうやしく片膝をつき、優雅に腕を振る。なにその動き?
「我が名はナギル=イル=エヴァーシェン。ウルド国の第7王子となる」
 ……うるどこく? どこそれ。
 目を細めて世界地図を脳内に思い描く私と違って、横で由希が「へぇー、マジで異世界?」とか呟いてる。
「ここに滞在する折、そなたたちには迷惑をかっ!」
 そこで声が途切れた。
 何事かと思ったら、テーブルの上にあった煎餅用の皿をお姉ちゃんがナギルにぶつけたらしい。それがまた、見事に額にヒットしている。
「痛い! なにをするのだ!」
「偉そうな喋り方するんじゃないよ! なんだいその自己紹介は。なってないね!」
 おわぁ……そこですか、突っ込むところ。