確かに綺麗な自己紹介だとは思ったけど、明らかに……その、偉そうというか……見下した感じだったのは私も認める。
「オレは王子だぞ!」
「だからなんだい」
 あっさりとお姉ちゃんが切り返した。
「ここはあんたのお国でもなんでもないんだよ。温情でここに置いてやろうって言ってるもんに対して、礼儀ってもんがないって言ってるんだ」
「……くっ、こ、この……っ」
「別の世界から来たみたいだけどさー、ナギルさん」
 悔しそうに唇を噛むナギルに、由希が頬杖をつきつつ声をかける。
「うちの姉ちゃん、すっげぇ怖いからあんまりそういう態度だと後で困ると思うぜ?」
 ……全然フォローしてない……。
 うぅ。
 仕方なく私が顔をしかめて言う。
「どこの人かは知らないけど、日本での挨拶はこうなの。
 初めまして。私は木暮亜矢です。よろしくお願いします、よ」
「……………………」
「な、なによその目」
「なんでもない。その通りにすれば良いのだな?」
 背筋を伸ばして立ち上がる。
「初めまして。ナギル=イル=エバーシェンです。よろしくお願いします」
 頭を下げる動作まで私の真似。
 でもそれだけで、美和お姉ちゃんは文句を言わなかったので及第点は出たようだ。
 ……だってあんまり不憫なんだもん。いくら私にひどいことしたからって言ってもさ……。
「まあ一応客人だ。座りな。茶くらい出すよ」
 そう言って座るお姉ちゃんに、私は呆れるしかない。……その「茶を出す」のって……私じゃないの? もしかして。
 由希が目で「ほら早く」と合図してくる。渋々立ち上がってお茶を淹れていると、座ることを許可されたナギルは、再び床に腰を落ち着けようとしているのでお姉ちゃんに説教されていた。
 …………異文化交流って、やっぱりむずかしいもんなのね……。
 四人分の湯のみにお茶を淹れて、盆で運ぶ。それぞれの前に置くと、お姉ちゃんが「うん」と笑った。
 お姉ちゃんが笑うのは珍しい。短い言葉で「ありがとう」とは言ってないけど、感謝に溢れてるのがわかる。
 由希は「サンキュ」と美少年らしくきらきらフラッシュを飛ばしながら言ってきた。……なんの悪ふざけをしているのかわからないから、やめてほしい。
 ナギルの前に置くと、誰の真似をしたらいいのかわからず困惑の目だけ向けられた。
「そこでは『ありがとう』と言うんだ」
 お姉ちゃんの言葉に頷き、ナギルがカタコトで「アリガトウ」と言ってくる。……はっきり言うけど、気色悪い。なにこの茶番。
 お茶の飲み方もわからないようで、私たちを観察しつつ、真似ている。……本気で可哀想になってきちゃった……。
「ねえねえナギルさん」
 テレビを観ていたはずの由希が、ナギルのほうへと身を乗り出してにやにや笑いをしていた。
「第7王子様って、本当?」
「本当だ」
「それって証明できる?」
 うげっ。なんてこと言うのよこの子!
 お姉ちゃんは黙ってテレビを眺めていた。ぼんやりしているから、絶対眠たいんだわ。こ、困った。眠りに戻っちゃったらまた由希のペースに逆戻りじゃない!
「できる。腕に刻印があるゆえ、それで証明できる」
「でもそれさぁ、こっちの世界じゃわかんないじゃん」
 ……どうでもいいけど、こっちとかあっちとか、由希はなんだかナギルの事情がよくわかってるみたい。……どうなってんの、このコの頭。
「確かにそなたの言うとおりだ。こちらでは、刻印の意味すらわからぬだろうな」
 尊大に振る舞いたいはずなのに、無理やり萎縮しているのは、美和お姉ちゃんがいるせいだろう。だから余計にぎくしゃくして見える。
「うちに居るってどれくらい?」
「さあ……それは宮廷内での争いがひと段落してからになるだろう」
「なんでそれで異世界まで来ちゃうかなぁ。理由とかあるんでしょ?」
「…………そなたには関係な……いや、こほん、話しておくべきか」
 美和お姉ちゃんにチラっと視線を遣り、事情を話すことにしたようだ。個人的には、聞きたくない話題。
「由希、話したくないのにダメじゃない」
「でも不審な人を家には置けないでしょ。なんだったらまどかちゃん呼んで、護衛してもらう?」
「それはイヤ」
 自称・戦う坊主を家に居させたくない。
 頬杖をつく由希は、お姉ちゃんのほうにも目を遣る。
「美和姉はさ、だいたい事情、察してるんでしょ?」
「お家騒動だろ」
 さらりと言われてナギルが真っ青になった。……うん、これが普通の反応よね。新鮮だなぁ。
 美和お姉ちゃんの直感に慣れてる人は、こういう反応、もうしないもん。……私もだけど。
「現在の王様が病気かなんかで、瀕死状態にあるんだろ。回復するかもしれないし、死ぬかもしれない。
 死んだ時のために次の立候補者たちが対立してるんだ」
「んな……っ、な、なぜそのことを……」
 絶句しているナギルを無視し、由希は「ふぅん」と洩らす。
「ありがち過ぎて、面白みもないじゃん。今どき、どこにでも転がってる設定だね」
「第一、第二、第三の勢力が強いから、そこで揉めてんだろ。第四から九番目まではどこと組むかで悩んでるってとこかね」
 ナギルが押し黙ってしまったので、正解だったみたい。
 美和お姉ちゃんの探偵直感能力がこんなところでも役立つとは……。恐るべし。
 由希は首を傾げた。
「じゃあナギルさんは、一番よさげなところと手を組むのがいいわけだ。下から二番目だから、そんなに飛び火してないはずじゃないの?
 異世界なんて遠いところまで逃げる必要性は感じないな」
「五番目が毒を盛られて死んだんだろ」
 さらっとお姉ちゃんが言うものだから、私と由希が言葉をなくした。
 言い当てられたナギルが美和お姉ちゃんを奇妙なものでも見るような視線で凝視している。
「六番目はケガをしてるんじゃないかね」
「……美和姉、すごすぎ。
 でも、なんで? いくら権力争いとはいえ、それはいくらなんでもひどくない?」
「中には過激派がいるんだろ。他のを全部消せば、まぁ継承は多少は楽になるしね」
 ……うそ。
 呆然としている私と違い、由希はもう持ち直したようだ。
「なるほどねー。異世界での殺人事件を亜矢姉が呼び寄せちゃったわけだ。で、犯人は? 美和姉」
 ちょ、ちょちょちょちょっと待ってーっっ!
「待ちなさいよ由希! さっきから異世界異世界って、ナギル……さんは、外国な人なだけでしょ?」
「……亜矢姉、いくら地球が広いからって、鳥の頭した半分人間な感じの亜人種って存在してないと思うけど」
「うぐっ。
 あ、あれはかぶりものよ! ほら、馬とかよく、トークーパンズに売ってるじゃない!」
 力んで言うけど、由希は呆れただけで納得してくれない。
 かぶりものよ、絶対に! 馬とかゴリラとかよく売ってるじゃない!