弟のナギルは頭痛がするのか額を右手でおさえている。
「ミワ殿、兄上のしたことは実証できるのか?」
「できないだろうね。第二王子も馬鹿じゃないだろう」
「お、おまえは何者だ!」
たまりかねてアルバートは叫んだ。恐怖心が全てを上回った瞬間だった。
指差された女は目を細め、それから何かを投げつけてきた。避ける暇もなく、額にごつんと当たる。
「木暮美和。あんたが人質にしようとした亜矢の姉だよ」
嘘だぁ、とアルバートはひっくり返りながら気を失った。
気絶した兄を慌てて介抱し始めたのはモンテ=インコだ。ナギルの立場からすれば、どうすればいいのかわからないので助かった。
「と、とりあえずそちらの長椅子を使わせてもらってもよろしいですかな?」
ソファに運ぼうとするモンテを誰も手助けしない。仕方ないのでモンテは細身の第一王子をソファの上に転がす。これが精一杯だ。魔道士の自分は基本、筋肉があまりない。
「ううむ、事情が見えませんがどうすればいいのですか、美和さん」
梅沢の言葉に美和は「んん?」と面倒そうな声を出す。
たった今、第五王子暗殺という大事件をあっさりと……本当にあっさりと言い当てた探偵は「そうだねえ」と首を傾げた。
「とりあえずそこの男、うちにあるもので縛り上げられるかい?」
「? できますが」
説明を求めたのに無視された。だが梅沢はあまり気にせずに荷物を縛る紐を持ってきて、器用に第一王子の両腕を背中に回して拘束していた。
坊主頭のほうはすることがないので不満げだ。
「なになに。亜矢ちゃんと由希がピンチなのけ?」
「まあね。こっちの外人さんのお国に、無理に連れてかれちゃってるのさ」
一色円、由希の呼び方ならば「まどかちゃん」は、ナギルを見て、
「ほおぉ〜。すげぇ美形だ。由希とは違うエキゾチックな色気があるお兄さんだなぁ」
「亜矢を嫁にするとか勝手に言ってるバカだ。気にするんじゃない」
美和の手厳しい言葉にナギルが「うぐっ」と洩らす。一時的とはいえ、勢いで亜矢に愛を誓った身としては、前向きに考えるのを阻害されるのは困るものだ。
「えええー! あの亜矢ちゃんを嫁さんにするってか? 勇気あるなあ。すごいね、若さって偉大」
三姉弟の中でも比較的まともに見える亜矢をここまで言う円に、ナギルは少し興味が出た。
そういえば、美和も由希も、亜矢をか弱い被害者として扱うことが一度もない。トラブルメーカーと何度か口にしていたが、ナギルはその凄さを知らないのだ。
「こんな阿呆にうちの妹をやれるもんかい。そうしないと都合が悪いっていうから、仕方なく承諾してるに過ぎないよ」
阿呆……あほうって……。
ナギルはひどい言われようにまた呻いた。プライドなどすでに粉々だ。矜持云々の話はここでは通じない。
プライドをここで保っていては、まず飢え死にするだろう。餓死されても放置されそうだ、木暮家では。
ナギルも最初は抵抗しようとした。これでも王子の位を持つ者だ。平民に対しての示しもつかない。
だがここではそれが通用しないのだ。それが最初にわかった。木暮美和には通用しないのだ。
プライドを保ち、彼らの世話を拒否すればまず間違いなく…………本当に餓死するだろう。亜矢も由希も、なんだかんだ言っても美和の言うことは絶対に守っているのだ。
とりあえずアルバートが起きるまでは放置と言い放って、美和は眠るために二階の自室へと戻ってしまった。
残された男たちだけのむさくるしい空間にナギルは顔をしかめる。……なんだこれは。
「なあなあ、よくわかんねーわけさね。事情を教えてくれねーかなぁ」
坊主頭の男をナギルは睨む。なんでこんなに馴れ馴れしくされなければならないのだ?
「そなたは何者だ?」
「何者って、一色円だよ。戦うお坊さんだよん」
「???」
翻訳アイテムを使っても、意味がさっぱりわからない。由希と同じような人種かとナギルは一瞬で判断した。
「オレはナギルという。ウルド国の第七王子。この家に世話になっている者だ」
「どこそれ? アマゾン奥地の辺境?」
「…………」
「いやいや、待って待って。ちょい、ケータイ使ってサクッと検索すっからさ」
携帯電話を取り出して何か操作し始める戦う坊主の前で、つい小さく溜息を吐いてしまう。
美和の言っていたことが気になっていた。
人前では温厚で、いつも優しかった兄が実は王宮そのものを嫌っていたとは思いもよらなかった。
優れた人で、王位につくならこの人がいいなと本気で思っていたというのに。
しかも第二王子であるフレイドが彼を慕っていたとは……。いつも悪態をつき、無視をしていたのを何度も見ているのにまんまと騙された。
「検索引っかからないんだけどー」
文句を言われた。
溜息をつきつつ、ナギルは円に向き直る。色の入った眼鏡……こちらではサングラスというものをしている彼は、にやにやしている。
……とりあえずこいつらも普通の神経をしていない、ということはわかった。
モンテの姿を見て卒倒しかけた亜矢とは違い、この状況にも動揺すらみせていない。どうなっているんだこの世界は。
由希でもここにいれば、簡略的に、しかも的確に状況を説明してくれるだろうに……。
ナギルは面倒で仕方ない。妙な連中との付き合いもほどほどにしたい。
「オレはラウールという大陸にある一国、ウルドという国に住んでいる。
コグレの家には事情があって厄介になっている身だ。アヤとは婚約関係になる」
最後のは付け足すように、だ。
騎士風の男が明らかに美和に執着しているのがわかっていたので、絡まれるのを避けるためだった。
「よっく亜矢ちゃんが許したな〜。木暮はあんまりあんたを認めてないみたいだけどよ」
「…………アヤアヤと、馴れ馴れしいな」
苦い声でつい言ってしまい、ナギルは驚いてしまう。べつにあんな娘、そこまで気にかけるほどではないというのに。
「馴れ馴れしいに決まってるっつーの。あの子がちっちゃい頃から知ってる身としては、おれっちも、あんたの人となりに興味はあるねぇ」
観察するような目に切り替わったのを、ナギルは見逃さない。
この男、見かけと違って…………できる。

