「事情があって、一時的に、だ」
「その事情ってのが知りたいさねぇ」
「お家騒動というやつだ」
「あらぁ。亜矢ちゃんってのがまた事件を引き寄せちゃったのか〜」
呆れたような円の言葉にムッとしてしまう。なぜ腹が立つのかナギルにはわからない。
「ところで、こいつは誰だ?」
騎士風の男・梅沢が立ち上がってアルバートを示す。ナギルは嘆息した。
「オレの一番上の兄だ。ミワ殿の話が事実なら、オレの五番目の兄を殺害した犯人ということだ」
「なにー! こいつ、犯人なのか!」
癖なのか、手錠を探す梅沢だったが、非番の今日は持っていないらしくて非常に悔しそうな顔をしていた。
「こんな綺麗な顔して殺人者とは……!」
「あーあー、梅沢のにーさん落ち着いて。木暮が戻ってくるまで放っておくって決めたじゃん」
「うぐ。そ、そうだった……」
梅沢はふとそこで、介抱しているモンテに気づく。
「…………なぜあの男は被り物をしているんだ……?」
「いいじゃないさね。趣味はひとそれぞれだ」
疑わしそうに目を細めている梅沢と違い、円のほうはどうでもいいとばかりに言い放つ。亜矢のような反応をしないのも、どうかとナギルは思った。
どうやらこちらの世界はほとんど人間が支配しており、モンテのような種族は存在しない。だからこそ、亜矢が卒倒しかけたのである。
梅沢がハッとして円のほうを見る。
「わかった。あの男、変態か!」
「なんでそうなるんさ?」
「では……芸人か?」
「むむ。そっちのほうが可能性高いね。まあまあ、あんまり考え過ぎるとろくなことにならねぇし」
どうどう、と円が梅沢の思考をおし留めようとした。梅沢のほうは考えると突っ走りそうな危うさがある。
ナギルは二人の男たちを見比べ、不思議そうにした。
宮廷では、ナギルの地位のせいかこんな気安そうに話しかけてくる男たちはいなかった。
モンテでさえ、友とは言い難い。しょせんは、王宮つきの魔道士だ。
……だが、梅沢も円も、どちらかというと……友にはしたくないタイプだった。強いて選ぶなら、梅沢だろうか。
視線をアルバートに戻す。
アルバートが王宮を嫌っていることすら気づけなかったなんて、なんてニブいのだろうか。それとも、兄の演技が上手すぎたのだろうか?
第二王子でさえ、アルバートとの不仲を演じている。……考えれば考えるほど、宮廷が魔窟に思えた。
信用していた第一王子でさえ自分を裏切っていた。ショックは大きいが、やはり王子という身分と教育のせいか、それも仕方ないと思う自分がいる。それがまた、たまらなく嫌だった。
自分たち兄弟と違い、木暮三姉弟は仲がいい。長女に下の二人は逆らうこともないし、常に頼っている。
姉のほうも、妹と弟をあれでも可愛がり、常に目をかけているのだろう。信じられない話だ。
王宮内でも、例え兄弟でも、それほど顔を合わせることができない。目通りするにはそれなりの作法にのっとらなければならないからだ。
(兄上……)
起きた時、どう声をかければいいのかまだ考えあぐねている。
第五王子は毒殺された。毒見役がいたにも関わらず。
その謎は解明されていないが、王宮内が騒然となったのも確かだ。そして……真っ先に疑われたのが自分の母親だった。
異国のスタグという小さな国の第三王女だった母親。肌の色の違いから、文化の違いから、母はどうやっても宮廷内では「浮き」がちだった。
陰口で「魔女」と言われたことすらある。だから、なんらかの方法で第五王子を毒殺したという嫌疑が一番最初にかかったのだ。
しかし母にはそれができない理由があることも、ナギルはわかっていた。母親は精神を患い、宮廷内には居ないからだ。
もしもはるか遠くから呪いの雷でも落とせるのなら、とうの昔に今の国王に罰として下していたに違いないだろう。
ナギルの母はただの人だ。ただの、無力な姫だったのだ。
(………………)
もしかして、美和は見抜いているのかもしれない。もしも本当に亜矢が自分と結婚したら、ナギルの母の二の舞になるのではと。
王位の継承権はそれほど高い位置にはない。むしろ後ろから数えたほうが早いナギルだったが、王位を継げない可能性はゼロではない。
自分も、今のままでいいと思っている。王位につけば、自由が利かなくなるし、窮屈な生活が強いられる。
どれくらいの時間が経ったのか……。
ソファの上に転がされていたアルバートが目を覚まし、そっと周囲をうかがう。
べつのソファに並んで座っているのは派手なシャツの男と、騎士風の男だった。並んで何かを見ている。
こちらの世界では「テレビ」というのだが、存在を知らないアルバートは奇妙な写真が動いている程度にしか認識しなかった。
弟は一人用のソファに腰掛け、物思いにふけるように頬杖をついている。
「おお、アルバート様!」
耳元のモンテの声にぎょっとしてしまう。視線をそちらにやればかなりの至近距離でモンテの顔が見えた。
(ひっ!)
いくらなんでも心の準備ができていなかったため、冷汗が流れた。
背後に両腕を回され、縛り上げられていることに気づき、アルバートは冷静になる。
脱出方法はなさそうだ。モンテをこちら側に引き込めば……いや、ダメだ。こちらの世界からの移動は封鎖されている。
「兄上」
気づいたらしきナギルが声をかけてくる。
「リュウエンを殺したというのは本当か?」
第五王子を呼び捨てにするとは珍しい。
アルバートは怯えたように首を緩く振る。
「そんなこと、あるわけないだろう?」
「そうかね」
ぎくっとしたのは、女の声が聞こえたからだ。
室内の入り口に、眠そうに瞼を擦っている地味な女が立っている。自分を殴った女だった。そういえば頬が腫れている気がする。
女は欠伸までして、ナギルにどけるように無言で指示をした。ナギルが素直に従い、二人の男の座る場所に無理やり押し入った。
「さっきはまともに話してくれそうになかったからね」
にやっと女が笑った。どっと冷汗が出るのはなぜなのか。
「お、おまえは何者だ……?」
「美和さんは探偵です!」
騎士風の男がすかさず口を挟んでくるが、女が素早く何かを投げつけた。額にぶつかった何かに、男が「ぐはぁ」とうめく。
「わたしゃただの学生で、そんなもんした覚えがないね。嘘をつかないで欲しいもんだよ」
「も、申し訳ありません……」
額をおさえて「うぅ」と痛みを堪えている男が、なんだか不憫になった。
「タンテイ?」
「学生だって言っただろ?」
「ガクセイ……」
うまく翻訳されないので、アルバートは戸惑った。
「学問を学ぶ生徒だよ。その一番年上ってところかね」

