「なんてことしてるのよあんた! 人でなし!」
「じゃあ亜矢姉が脱がしてくれればいいよ」
「そういう問題じゃない! 反省なさい!」
「は〜?」
気の抜けた声で応じるな!
メイドさんの衣服を脱がせて後ろを向いていた由希に投げつける。受け取った由希はさっと自分の服を脱いでそれを着始めた。
ヘッドキャップまでつけて振り向くと……げげー! 女の子にしか見えない!
「ん。まあ化粧道具ないからこれ以上はどうにもなんないけど、じゃ、行って来るわ」
「行くってどこから?」
「窓」
まど?
私は窓のほうへと見遣る。確かにここは1階だし、見張りの兵士は窓にはいないけど……。
衣服を脱がせたメイドさんは由希の衣服を着て、私の足元に心配そうにすがりつくようにされている。
「部屋を覗かれたらすぐにバレちゃうわよ! だって一人足りないのよ?」
「そっちの衝立使うから大丈夫。影で女中がいるように仕立てるから」
ぐわー! こいつ本当に悪知恵っていうか、そういう小賢しい知恵ばっかり!
準備を手際よく仕立てると、お茶を淹れて由希は窓枠に手をかけた。
「じゃ、あとはよろしくな亜矢姉。すぐに戻って来る」
「……スカートでそのがさつな動きはやめなさいよ」
「するわけないじゃん。美和姉に言われて女子高に潜入した時に、一度もバレたことないの知ってるだろ?」
知ってるけど……。なんて不安にさせる弟なのかしら。将来が心配だわ。
ひらりと外に出て行った弟に、私は言い知れぬいや〜な予感を感じた。
ドアが開いて、様子を兵士がうかがってくる。ヒッ! 慌てて病弱なふりをしつつ、お茶を飲む私。
兵士は逃げていないことに安堵してまたドアを閉めた。
ひぃぃぃぃ! なにこれ! すごいストレス! プレッシャーがすごいかかるんだけど!
しかも苦い! なにこのお茶! 苦い! 下剤とかだったらどうしようと泣きそうになった。
由希はものの数分で戻ってきて、あっという間に元の衣装に戻った。器用だわ、ほんと。
「で、どうだったの?」
「んー、騒動にはなってるけど、内々にって感じだな。ここに第一王子が来る事は内密みたいだね」
そりゃそうでしょうよ! いきなりやって来るとかありえないじゃない!
ほら、普通だったら段取りっつーものが存在するわけで、それ全部すっ飛ばして会いに来たわけでしょ?
白い目で見ていると由希が肩をすくめた。
「インコの名前が出てたから、たぶん王子を召喚したのはインコだ」
「え? インコって、あのインコ?」
てことは……第一王子って、ちきゅうに……?
青くなって薄く笑う私に由希が「おーい」と声をかけてくる。
「当たってると思うぜ、その予想。十中八九」
「お姉ちゃんの入れ知恵よね……」
なんていう大胆不敵!
たぶん私たちを取り戻すために王子を召喚したんだわ! 無謀にもほどがある!
「大変じゃない! これじゃ、話が大事になっちゃうわ」
「どうだろーなー。今頃、美和姉にやり込められてそうなイメージ浮かぶんだけど、オレ」
う! そ、それは言わないの!
「それより私たち、どうすればいいの? これって、マズイわよね……」
「逃げても逃げ場所なんてないし、オレはこのままここにいて状況に任せるのをおすすめするね」
私が座る長いすに、由希も座った。気絶したメイドさんは起きる気配がない。
「ふつう、こういう場合って逃げない?」
「それは地球の、日本での話だろ? 交番行けばいいとか、逃げる方向もなんとなくわかるだろ」
「うーん、まあそうね」
「でもここは別の世界で、オレたちは地理がわからない。どこ逃げたって兵士に見つかってまた捕まるのがオチだと思うけど」
…………なんて夢も希望もないこと言うのかしら、この子。
確かに本の世界みたいにうまくはいかないわよね……。この世界のこと全然知らないし!
「逃げてもどうにもならないことは亜矢姉だってよくわかってんだろ?」
「そ、それはそうだけど、心情的にはね……」
ふへへ、と変な笑いになっちゃった……。
逃げた先で無事にうまく事が運ぶなんて、めでたい思考は持ち合わせていない。
私は事件に遭遇するたびに絶望を味わうことも多かった。クラスメートがなんでもないことで殺されちゃった時とか。
そんな時はいつも…………ん?
「あ、そうか! じゃあ待てばいいんだわ」
「ん?」
「向こうにはお姉ちゃんだけじゃない。インコやナギルがいるもの。どうにかしようって動いてくれてるはずよね?」
「だろうね」
「だったら大人しくしていたほうがたぶん……いいわよね、うん」
「大人しくしてて、拷問とかされちゃったらシャレにならないけどね」
「ヒッ! あんたなんてこと言うのよほんとに! 冗談に聞こえないわよ!」
身を竦ませると由希が薄く笑う。
「いやだって、ありえない話じゃないしさ」
「アヤ様、ユキ殿」
ぼわ〜んとした奇妙な反響のする音で名前を呼ばれた。
思わず由希に抱きつく。
「ちょ、ゆ、由希! 幽霊! 幽霊が出たわ! ファンタジーはそういう怪談もアリなの!?」
「いやこれ、インコの声だろ」
え?
きょろきょろと見回すけど、声の主はどこにもいない。
「こちらです。鏡台のほうへ」
耳障りな響きだけど、私たちは立ち上がって部屋に設置されている鏡台に近づく。
うおお! 怖い! 鏡いっぱいにインコの顔が! いや、顔っていうか、頭?
「ぶはっ! すげー!」
笑いを堪える由希の腹に肘で一撃を加え、私はやや引き気味になりつつ尋ねた。
「おお、無事のようですな」
「無事だけど……どうなるかわからないのよ。どうすればいいの?」
「王宮へ行くのです」
……どうやって?
横の由希に目配せするけど、由希は「さあ?」と目で応えただけだ。

