「兄上が平穏な生活ができるようにオレも尽力します」
 ナギルはそう言って、兄の前に近づく。
「……同情か、ナギル」
「そうではないのです。ただ……その、ミワ殿の仕打ちを受けた身としてはやはり、オレにも落ち度があると思わされましたので」
 そんな美和は休眠時間に入っており、すぐそこのソファでだらんと横になって眠っている。寝顔を見つめて瞳をきらきらと輝かせているのは梅沢だけだ。
 戦う坊主、円は二人の王子の傍に立っていた。
「まずは病気になったふりでもしたらいいんじゃね? ほら、よく精神を患ったとか。それで療養するために王都から離れるんだよ」
「……確かに良い手ではありますな」
 インコがうんうんと頷く。だがアルバートは首を横に振った。
「だが私がしたことは許されないことだ」
「だから王都に二度と戻ってこないことで、罪滅ぼしすればいいだろ。執政にも関わらない、王位にも関わらない。
 それでいいんじゃねーの?」
 円はあっけらかんと言うと、眠っている美和のほうを見遣る。
「木暮は昔っからひとのことズバズバ言うから、けっこいキッツイぜな。しかもそれが当たってるから反論できねぇとくる。
 ま、第二王子さんをどうにかするまでは、協力すればいいんじゃねーかなぁ」
「そうですな!」と、インコ。
「そもそもにーさん、結構腹黒いほうだろ。素直にしてるのって、木暮っちにあんだけ言われたせいだろ?
 そっちのエキゾチックなにーさんも、尊大なタイプだろーに……。あいつになに言われたんだよ」
 なんだか同情の目を向けられる二人の王子は複雑な表情だ。
 たぶん円は、ちゃんと理解していない。だけど、美和は理解していて言っている。だから二人の言葉の重みが違うのだ。心に響く度合いも。
 アルバートはしばらくして頷いた。実は全員、フローリングの床の上に正座だったのだ。ソファは美和が占領しているのである。
「とにかくさぁ、ここで諍いを起こしてもいいことねーべ。
 そっちのナギルっちの命が無事なことと、アルバーにいさんが王位から離れる。これを達成できるように動けばいいわけだろ」
「…………ナギル、私はおまえの命をもう狙わない。下の二人にも手出しさせないように尽力しよう」
「兄上」
「まあそうしないと、亜矢ちゃんと由希が戻ってこれねーんだろ?」
 そこでハッとしてナギルが青ざめた。
「兄上……アヤの身柄はどのようにしているのですか?」
「ラードには危害を加えるなと言ってあるが……。彼等を妨害しているのは我々じゃなく、エルイスだ」
「ええ!」
 仰天した声を出したのはナギルとインコだった。まさかここで第三王子の名前が出てくるとは思わなかったのだ。
「エルイスがこちらとあちらの出口を魔道士に命じて妨害しているんだ」
「な、なぜエルイス兄上が……」
「思惑はわからないが、おまえを守ろうとしたんだろう」
 そんな……。
 交流もそれほどないし、あの無口の兄が?
 信じられないナギルだったが、モンテがばたばたと両手を振り回した。
「エルイス様の魔道士といえばアシャーテではないですか! 亜人種ではなく、生粋の人間、しかも腕のある巫女姫様では!」
 一斉に青ざめる異世界の男性陣たちに、円が「え? なにさ?」ときょとんとしている。
「アシャーテ様は宮廷魔道士の中でもかなり強力で、おそらく雑音のようにこちらとあちらを妨害する念を放っているのでしょう。
 ひいいいいい! 太刀打ちできるレベルじゃないです!」
 インコが顔を両手で覆ってひんひんと鳴き声をあげた。
 アルバートが険しい顔で呟く。
「あの広間の大鏡を使うんだろう? あそこは妖精の管理下だ。アシャーテの魔力も及ぶまい。だが、時間制限がある」
「たった二人を呼び戻すだけです、大丈夫です」
 たぶん、と心の中でナギルは続けた。
 円や美和の言動からして、亜矢は予想外のことに巻き込まれる「癖」があるらしく、そこが心配だ……非常に。
 広間の「精霊の鏡」ならば……モンテの魔力でもこちらに呼び寄せられる。きっと…………きっと!



 臣下たちが利用するという専用の門を通り、馬車に乗せられて私たちは連れて来られた。
 馬車の中の由希は憶えた地図の内容を何度も反芻しているらしく、瞼を閉じてじっと黙り込んでいた。
 馬車が止まり、表からトカゲの不機嫌そうな「着いたぞ」という声がした。
「亜矢姉」
 小声で、降りようとドアに手をかけた私に由希がささやく。
「降りたら俺が先に行くから、ついてきて。全速力だ」
「あんた……ここがどこかわかってんの?」
「東門」
 ぽつりと言って、由希が私を押し退けた。
 ドアを開けると目に容赦なくまばゆい光が入ってくる。

 馬車の周辺には兵士が護衛として囲んでいた。こんなので逃げられるわけ?
 どきどきして馬車を降りると、由希が「ない!」と叫んだ。なにが?
 きょとんとすると、私の指を指差す。
 えっ、と思った途端、私は指にはめていたナギルの指輪がないことに気づいて動転した。