隠し通路のほとんどは頭に入っているが、うろうろして亜矢の通った場所を探すしかないだろう。
 亜矢の魂は細切れにされ、あちこちにいついているはずだ。王宮で「奇妙な女の幽霊を見た」と噂になるのもそう時間がかからないはずだ。
 通路をずかずかと歩いていると、確かこのあたりにも横道があったはずだと壁を力任せに蹴飛ばす。
 隙間があき、間違いなかったと安堵して壁を押して中へと進んだ。そこは王宮ではもっとも古く、天井が崩れて行き止まりになっているはずの道だ。
 一応と思って中に入ってから、古びた廊下を見回す。
 妖精の力のおかげか、ここは地下にも関わらず光がなくとも目で「見える」。
「何をやっているんだ、我が弟」
 ぎくっとして身を竦ませるて振り返ると、壁にもたれかかっている赤いドレスの女性が居た。身体のラインにぴったりとしたドレスで、その上から同じく赤のショールを羽織っている。
 黒く波打つ長い髪。そして、その色違いの瞳……緑と青のオッドアイ。まさしく、第三王子直属の魔道士、アシャーテ=ルワイオースだった。
「あ、アシャーテ……」
「せっかく兄上たちから助けてやっているというのに、無理に戻って来るとは思わなかった」
 アシャーテの口から洩れているのは男性の声だ。表情までは操れないのか、アシャーテは微笑み、軽くお辞儀をしてみせた。
 今の彼女は兄の目となり、耳となっているのだ。
 第一から第三の王子の中でも彼は滅多に人前に出てこない。そのため、連れている魔道士は自然に強い者が就くことになった。実は身体が不自由なのだ、少々。
「エルイス兄上……。やはりあなたが……」
「アルバートのバカがおまえを召喚して呼び戻そうとしていたのでな。フレイドに殺されたくはあるまい? まあ、邪魔してやったがな」
 くすくすと笑うエルイスに、ナギルはムッとしてしまう。
「それどころではありません。妖精たちが『惑わし』を起こしたのです」
「ほぅ。もうそんな時期か。放っておけ。我等には関係あるまいよ」
「それがあるのです」
「ん?」
「オレの婚約者が……連れて行かれたのです」
「……っ?」
 さすがに驚いたようにエルイスが動きを停止させた。
「い、いつ? おまえ、いつ婚約式を?」
「急遽です。アヤという名の、異世界の娘なのですが」
「なるほど……。アシャーテの力が妨害されているわけがわかった。では、王の選定もおこなわれる可能性が高いな」
「でしょう」
「選ばれるのは案外、おまえかもな、ナギル」
「ご冗談を」
 全然笑えない。それに、婚約者を連れて行かれた以上、その夫となるナギルには王位継承権が与えられなくなる。そういう「決まり」なのだ。
「……そうか。ではおまえはその娘を助けに行くのだな?」
「はい」
「? なんだかやけに素直で気持ち悪いな。どうした? 何かあったか?」
「…………異世界は、刺激が強すぎたというだけです」
 あの姉は怖かった……。アルバートのことがなんだか心配になってきてしまった。モンテも、何か投げられているかもしれない。
 けれど……亜矢を助けるのはこちらの地理に詳しい自分のほうが適任だと思ったのだ。王族として、彼女の婚約者として。
「そうか。フレイドの件があるから妨害は許せよ。だが、その娘を助けに行くのなら手助けしてやってもよいぞ」
「兄上?」
「生きて帰ってこられるものならな」
 くっくっくっ、と笑うエルイスの言葉にナギルは頷く。
 妖精のもとへ行くのだ。ただでは済まないはず。
「アシャーテに馬を用意させてやろう。準備ができたら呼びに来てやる」
 尊大に言い放ち、アシャーテの姿がそこから忽然と消えうせた。
 思わぬ援軍に驚いたが、ナギルは首を傾げそうになる。
(エルイス兄上は、そういえば……)
 どこか、由希に似ているような……? 愉快なことが好きで、ひとを驚かせるのが大好きだと聞いたことがある。身体が不自由なぶん、彼の楽しみはそちらに傾いてしまったらしい。
 元気な姿なら、きっと誰よりも明るくて……いいひとなのかもしれなかった。
 アルバートも王位を継ぐならエルイスだと言っていた。なんとなく、今のやり取りで納得できた。
 寡黙な兄だと思っていたが、案外お喋りなのには少々驚いている。……何か、あまり喋らない理由でもあるのだろうか?

 回廊を歩いていると、突っ立っている亜矢の姿が見えた!
 彼女はここを通ったのだ!
 慌てて駆け寄ると、彼女は恐慌状態に陥る手前なのか、ぶるぶると震えていた。
「おねえちゃ……ゆき……たすけて……こわいよ……こわいよ……」
 魂とは、感情のことでもある。先ほどの魂は亜矢の「拒絶」を強くあらわし、今回は「不安」が強く出ているのだろう。
 落ち着かせてなだめてやっと消え去ったのを見届けた頃、アシャーテが再び現れた。



「………………」
 ザー……と、テレビのノイズ音だけが響き渡る中、誰も一言も洩らさない。
 さあ、どうする? いや、もうわかっているはずだ。
「……美和姉呼ぶしかねーと思う」
 どれだけ頑張ってもナギル以外はあちらへ行けないことがわかり、どん詰まりだった。もう打つ手がない。
 あちらの様子もわからない。助けることもできないでは、お手上げ状態だった。
「まどかちゃーん、美和姉起こしてきてよー!」
「そりゃあ無理さね。由希もよくわかってるさー」
 台所での雑談を中止して、戦う坊主はあっさりと笑って返した。
 触らぬ神に祟りなし。だが梅沢が立ち上がった。
「起こしてきましょうか、俺が」
「え? 梅沢さんマジで言ってんの?」
「本気ですが」
 きょとんとする警官。
 誰もが、彼の言っていることを冗談だと受け止めていた。

「美和さん」
 コンコンと控え目にノックをすると、部屋の奥から呻き声が響いてきた。掠れた声はまるで老婆だ。
「…………んー…………だれだぃ」
「梅沢です」
「知るか」
 ばふっ、という音がしたので布団でもかぶってしまったのだろう。
 梅沢の背後には由希、それにアルバートがいる。モンテはビビってしまい、円とキッチンで待機していた。
「もー、だから言ったじゃん。冬眠モードに入ってる美和姉起こすのって、すっげー難しいんだってば」
 美和は探偵としてのスキルが高いせいか、他のことに無頓着で、とにかく眠るのが大好きなのだ。趣味が睡眠と言ってもいい。
 普段からあまり動かないのに、亜矢の事件引き寄せ体質でかり出されると余計な体力を使う。それが「探偵」の体力と言ってもいい。
 だからこそ、余計に眠りにつくのが早いのだ。やはりどんな人間でも、プラスがあればマイナス部分があるということである。
「美和さん、実は新たな事件が発生したのですが」
「……そんなこと、知ったこっちゃないね」
「ですが、困るんです!」
「知ったことかい」
 声に張りが少し戻る。
 どうやら布団の中で面倒でイライラしているようだ。
 だがドアの前の梅沢は平然としていた。
「お礼に、ブランテージュの抹茶モナカを買ってこようと思うのですが」
「あんたねえ……」
「抹茶プリンもつけます」
「………………」
 しばし、室内でごそごそと音がしていたと思ったらドアがいきなり開いた。
 眠そうに瞼を擦り、
「税金泥棒だねぇ、梅沢のにーさんは」
「それなりの働きはしておりますが」
 にっこり笑う梅沢の表情に、美和は怪訝そうにするが、アルバートと由希が惜しみない拍手を送っているのに「はあ?」とも洩らした。