どたどたと足音が響いてきて、私は怪訝に思いつつ顔をあげる。ナギルはその足音が部屋の前で止まるのがわかっていたかのようだった。
「王子!」
派手な音をたてて両開きの扉を開けて入ってきたのはインコ……モンテさんだ。……や、やっぱり何度見ても慣れない。
視線を逸らしつつ、部屋の隅にそろそろと座ったまま移動をしている私など気づいていないようで、モンテさんは一直線にナギルの元へ駆け寄っていく。
近づくと、一定の距離をとってひざまずいた。というか、正座に近い。こっちの世界ではこういうスタイルで接するのかなぁ。
「王子から王位継承権を剥奪すると……!」
言葉が続かないくらいに動揺しているみたいで、モンテさんはきょどきょどしている。
え? 王位継承権の剥奪?
それって……ナギルが王様になる権利がなくなるってこと?
ナギルは平然とした顔で「ああ」と低く洩らす。
「元老院の者達はわかっていないのです! 王子は婚約者を助けに行っただけで、非はないというのに!」
「……勝手にシャレイの森に侵入したのは罪だ。王位に興味はない。剥奪には承諾すると伝えろ」
「いけません! そんなことをしては、名ばかりの王族になります。さらに皆に見くびられます」
「それが?」
尊大に言い放つナギルは溜息混じりに返す。
「今さらだろう。どうせオレの母親の地位はこの国ではそれほど高くない。
元老院のジジィどもも、いい口実ができてちょうどいいだろうよ」
「王子!」
悲痛な声を出すモンテさんと、ナギルの間には明らかに温度差ができている。
「妖精どもには認められないだろうから、継承権から外れても問題はない」
「そ、それが……」
問題が大有りだと言わんばかりにモンテさんが押し黙った。
さすがにナギルが顔をしかめる。
「妖精どもは、現在の王位継承権全員を認めないと言っているのです。契約を破棄したいとまで」
「なっ……!」
「王に相応しい人物を見つけたので、そちらを王位につかせろと脅迫してきているのです」
「馬鹿な……」
険しい表情で言うナギルが、上半身を真っ直ぐに起こす。
「それで……誰だ? 妖精どもが選んだ人物は? 農夫か? 行商人か?」
「…………あの」
非常に言い難いのですが、と前ふりをして、
「名も知らぬ異世界人だと言うのです」
「…………異世界人」
ナギルの視線がこちらを見るが、すぐに考え直して外された。そうよね。だって私の名前は、妖精たちは知ってるもの。
「モンテ、相手は誰だ?」
「…………ミワ殿です」
絶句。
ナギルと私が揃って絶句しちゃった……のも、無理もない。
モンテさんはやや絶望的に青ざめた視線を床に落とす。まさに「がっくりした」体勢だ。
「王子がアヤ様を助けに行っている最中、あちらではティアズゲームがおこなわれていたのです」
「ティアズゲーム……! 王を試すという妖精の試練か」
初耳だとナギルが顔をしかめた。
あれ? そういえばなんでインコ……いや、失礼よね。モンテさんとナギルがここに居るの?
「ミワ殿は妖精相手に圧勝してしまわれて……」
「…………まさか。そんなこと」
なにかよくわからないけど、うちのお姉ちゃんが大変なことを仕出かしちゃったのは確かみたい……。
えええ……? な、なんか私の立場ってやばいんじゃ……。
「なるほどねぇ」
そんな声が割り込んできて、私はビクッと身を竦ませた。だ、誰!?
モンテさんが入ってきたのれんみたいなのがかかっている入口に立っていた、ぽかーんと口を開けてもいいほどの美女だった。
黒髪は長くてウェーブがかかっている。どこかナギルみたいな雰囲気があるのは、たぶんアジア系統の顔立ちのせいなのかもしれない。
真っ赤な衣服がとてもよく似合っている。
「………………」
シーツを巻きつけているだけの自分のことを見下ろし、比較して悲しくなってきた。
……これじゃ、確かに貧相って言われても仕方ない。……おかしいなぁ。中くらい以上はあると思ってたんだけどなぁ……。
「元老院のジジィどもはおかげで大騒ぎだ。おまえの婚約者を出せと騒いでるぞ、ナギル」
「兄上!」
「アルバート兄上はご帰還されたようだが、なにやら大変そうだな」
「………………」
無言で返すナギルと美女の会話に私は疑問符が飛び交う。
兄上? え? この人、ナギルのお兄さんなの? ニューハーフ……なのかしら? だってどう見ても胸があるし……。
え? え? あ、いや……うん、偏見はよくないわよね。いたっていいわよね、オカマくらい。そうよ。性別がなんだってのよ。
うんうんとしきりに頷いていると、ナギルがぐいっと頭を引き寄せた。
「なにをさっきからこくこく頷いているんだ! おまえのことだぞ、アヤ!」
「は?」
「は、じゃなくて……だな……」
力尽きたようなナギルの情けない顔。
あれぇ? なんだろう、この人、雰囲気ちょっと変わった?
くすくすと美女が笑う。
「愉快な婚約者殿だな」
「兄上、からかうのはよしてください」
「おまえは私に大きな借りができたのを忘れるなよ」
「……わかっております。王位継承では、あなたの元に就くと約束いたします」
え? いいの? そんな約束しちゃって?
目をまん丸にしていると、また美女が笑い出した。
「愛らしいなぁ。お名前はなんというのかな? おっと失礼、『本物』の私は部屋から出られない身なので、こうして私の魔道士の肉体を借りて喋っている」
「はぁ……?」
「この肉体はアシャーテという魔道士の者だ」
アシャーテと名乗った美女は軽く膝を折り、会釈をする。意志の強そうな瞳をしていて、すごい綺麗。
あ、美女って表現はおかしいのか。ニューハーフさんだけど…………うん、まぁ混乱するから美女でいいか。
「私は第三王子のエルイス。ナギルの兄だ」
「だっ、だいさんおうじぃ!?」
大声で発する前にナギルに掌で口を塞がれた。おかげで「むぐふふほぉ?」をみたいな発音になっちゃった。
「機会があれば訪ねてきてくれたまえ、お嬢さん。お名前は?」
「兄上には関係のないことです」
ムッとして言い返すナギルに美女がとうとう吹き出して笑い出した。
「アハハハハ!」
「兄上!」
「……べつに取って食いはしない。よほど気に入りはしない限りな。おまえの『婚約者』だぞ?」
「………………」
「どうも信用ないな、私は。まあいい。
おまえに協力したのは私もだ。おまえが私を推すというのだから、少しは協力してやろう」
「……どうするのです?」
「文句が出ないように、秘密裏に婚約式を済ませてその娘に刻印をつけるのだ」
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