何度も紹介しているし、亜矢の説明でも言われているが……木暮美和は探偵ではない。
歩いていても事件には当たらないし、何かしたら殺人が起こるわけでもない。
探偵なんてもの、彼女には無縁だ。犯人を当てるのは、妹を危険な場所から遠ざけるためで、それ以外はしたことがない。
刑事の梅沢は疫病神だと思っているし、実の弟は変態だと認識している。亜矢のことは、面倒ごとを持ち込む娘だとは思っているが、家族なのだし見捨てられるわけがない。
何度も言うが、木暮美和は探偵ではない。ゆえに、物語の主人公のように、華麗に、そして苦悩しつつ犯人を捜したり、殺しの仕掛けを暴いたりしない。
彼女は「思ったこと」を口にするだけだ。損な性分だし、天は自分に不要なものを与えたと何度か思ったが、思ったところでどうしようもない。
第三王子エルイスには完全に油断しているところをさらわれたのだ。目覚めた時には縛られ、魔法陣の中に閉じ込められていた。転がされていたと言っていい。
美和は人の見た目にこだわらないし、それは些細なことで自分に関係ないのでエルイスが目覚めるのを待っていても別段驚きもしなかった。
瞼を開いて目にした彼は確かに美しく、同時に恐ろしい紋様で醜く見えたが、美和には「なんだ。アルバートの弟かい」くらいしか思わなかった。
彼は美和を利用するために呼んだようだが、いい人間ではなさそうだった。
「起きたかい? えぇと、アヤ殿の姉君だったな?」
尊大な言い方にナギルを思い出す。王族というのはこういうのが流儀なのだろうか。無駄な労力を使うものだ。
「それが?」
転がされたまま応えた美和は寝起きはすこぶる機嫌が悪かった。状況はすぐに理解できたが、暴れるとか、逃げようとかは思わなかった。
エルイスは美和が逃げられないように手を回しているはずだし、自分はこの世界に不慣れだ。やろうと思えばできるが、妹の無事を確かめたかった。
(まあ、ナギルの坊ちゃんがなんとかするだろうよ)
亜矢を気にしているのは丸分かりだったので、妖精からも救出したはずだ。そこまでは確かなのだ。
寂しがり屋の妹を迎えに来ただけなのに……なんでこんなことになってるんだろうか。
(まあどうせ……あれだ。亜矢絡みの事件なんだろうね、これも)
やれやれと思うだけど、美和はそれ以上の感想を持たない。
「ひとに名を訊く時は、先に名乗るのが礼儀なんだがね」
「ふふ。自分がどういう状況かわかって言っているのか?」
「アルバート王子のところからあんたのところのマドウシだっけ? それを使ってあたしを呼んだんじゃないのかい?」
「…………なかなかの推理だ」
いや、誰だってそう思うんじゃないだろうか?
美和は寝起きの頭を少しあげて、周囲を見回す。
部屋は狭い。そしてやや薄暗い。カーテンはすべて締め切られているが、室内の調度品はどれもセンスのいいもので、高価そうだ。
「あたしに用事があるのは、妖精との勝負絡みかね」
「そうだ。圧勝というのは本当かい? 私と勝負しないか?」
これが最初だった。
手首を腰のところに回されて縛り上げられ、美和はエルイス王子と対峙して妙な盤上遊戯をさせられる羽目になったのだ。
手首が使えないので、口で指示すると、黒髪の女が駒を動かしていたが、勝つのは簡単だった。
適当に言っているだけで勝ててしまうので、美和はこの手の勝負が大嫌いだ。相手は真剣なのに、こちらが真剣にならなくても勝ててしまう。こんな理不尽があってもいいのか?
真剣な相手には絶対勝負しないと決めているのは、美和なりのルールなのだ。
「素晴らしい! ティアズゲームに勝てたというのは本当らしい。……このゲームは、ティアズゲームと似ていると言われているんだ、王族の間では」
探るような口振りに美和は面倒で顔をしかめた。
ティアズゲームの盤上の目はもっと多く、駒の数もこんなに少なくない。王になる者でも相当頭が使えないと勝つ事は難しいだろう。
王子は駒をすべて片付け、「違うのかな、やはり」と愉しそうに言う。
顔にも黒い、墨で模様を描いたような彼の顔立ちは整っていて、アルバートともナギルとも雰囲気が違っていた。
少女に似ている。見た目の年齢よりも若く見えているのは、この妙な黒い模様のせいだろう。
「用件は一つだ。君には、もう一度妖精と勝負してもらいたい」
「理由は、その呪詛ってやつかい?」
「その通り。消してもらいたいんだ」
佇んで手首のあざを確かめる美和に、彼は頬杖をつきつつ言う。
提案という名の、脅迫なのは確かだ。
美和はじっとエルイスの顔を見た。
呪いを解けばどうなるか、美和にはわからない。直感が働かないのだ。
(…………死ぬかもね)
ぽつりと思う。
わからないということは、「可能性」がない、ということも考慮に入る。
「あんたが死んでもいいならやってあげなくもないよ」
さらっと言う無礼さに、エルイスはツボにハマってまた大笑いした。
「いいとも。その時は君の命もないけどね」
(やっぱりそうなるのかい。芸のないことで)
呆れた美和は「はあ」と面倒くさいとばかりの溜息をつく。
(時代劇観てるほうがずっと面白いんだけどねぇ)
どうやら亜矢は相当厄介な事件を釣り上げたようだ。いわばクジラ。
「元老院のジジィともにあげるには、ミワ嬢は貴重すぎるから」
優しく言ってはいるが、そう思ってないのは明白だった。嘘は通じないと何度も言っているというのに。
それとも言葉遊びが好きなのだろうか? ……そうかもしれない。
そもそも誘拐犯のいうことを聞こうなどと美和は米粒ほども思っていなかった。適当に喋っているに過ぎない。
犯人とまともに遣り合うのは警察の仕事で、自分のような一般人には無関係のことだ。割り切りがはっきりしているだけに、美和はここで命が絶たれようともどうでもよかった。
シャレイの森まで移動魔法で連れて来られ、美和は「やれやれ」とぼやいた。
第三王子はワガママで、どうしても美和にもう一度勝負をさせたいようだ。
美和としても、面倒なことを言う妖精どもをどうにかできるかもしれないと思ってここまで来た。
全身を白いローブで隠しているエルイスの横には、アシャーテがいる。
「では神殿へ行こうか、ミワ嬢」
「そんなことしなくてもここでできるだろうよ」
森の外がざわり、と妙な空気に包まれると、
<王よ! 王がきたわ!>
妖精たちの声が反響して三人の耳に入ってきた。
*