黙々と作業をこなしていく美和の後ろ姿を眺めつつ、エルイスは首を軽く傾げた。
 変な女だ。
(自分の死すらどうでもいいというか)
 ナギルの婚約者の姉とは、とても思えない。似ているところが見つからない。
 妖精との勝負は、直接見るのは初めてだ。
 あれほどの駒の数を、まるで小さな戦争のように動かして、「殺して」「奪って」いく。
 ティアズゲーム。王を選ぶ、選定の遊戯。
 美和は確かに選ばれるだろう。
 彼女は黙ったまま、妖精たちの懇願を無視して駒を奪っている。ただ、奪う。侵略し、略奪していく。
 なんという冷酷な女。
 臣下にしたいという願望が、身のうちに広がってくる。欲しい、と思ってしまうのはどうしても自分が王族で、政治をおこなう者だからだ。
 強力な切り札になるが、諸刃の剣だ。完全に。
 と、そこにぺかーっと光って何かが現れた。
「ぎゃああああああ! いきなり召喚陣で移動とかありえませんぞ、イシュパ殿!」
「なに予告なしにやってんだよ!」
「ごほっごほっ……。うっ、鼻血が……。え? 今、お二人ともなにか言いました……?」
 鼻血をたらっと流した美青年が儚く笑う。なんだか今にもぶっ倒れそうな雰囲気だ。
「イシュパ……!」
 ぎょっとしたエルイスが視線を真横の魔道士に向ける。彼女は頷き、イシュパへと近づいていく。
 ここで邪魔をされてはたまらない。
「退がりなさい、イシュパ。殿下の御前です」
「そうは、ごほっごほっ、いかないですねぇ……」
 ふらぁ、と倒れるイシュパをはしっ、とモンテと由希が支えた。
 美和はちら、と視線をそちらに向けた。
「……由希。なにしてんだい、そんなとこで」
「助けに来たんだよ、姉ちゃん!」
「……自分からしてることだよ。べつに助けなんていらないね」
 美和の冷たい声に由希は驚き、モンテが絶句する。
 エルイスは小さく笑い、フードの奥で低く呟く。
「何用かな、兄上の魔道士殿」
「エルイス王子……ミワ殿を連れ戻しに参りました」
 やっと体勢を立て直したイシュパは鼻血をふいて、にっこり微笑む。
「そこの女は自分からこの勝負を申し出た。俺の命令ではないぞ?」
「そうはいきませんね」
 イシュパはほとんど閉じられていた瞳を薄く開き、邪悪に笑った。
「うちの殿下が所望なのです。連れ帰らせていただきますよ」
「ええー?」
 いきなりのキャラ違いに由希がのけぞり、モンテを小突いた。
「ちょ、病弱キャラじゃなかったのかよ、あの人」
「いえ、病弱ではありますが……第二王子の魔道士ですぞ?」
 ですぞ? じゃないと思う……。
 これじゃあ、第二王子本人がどれほど性悪なことか……。会うのが怖い。会わないで済めばいいが、そうはいかないだろう。
「アシャーテ、邪魔をさせるな」
「はい。殿下のおおせの通りに」
 黒髪の美女はイシュパの前に立ち塞がった。
 おお、と由希が洩らす。
「魔道士バーサス魔道士!
 すげぇ戦いが繰り広げられるんじゃ……!」
「ユキ殿……目をきらきらさせてる場合じゃありませんぞ」
 モンテの突っ込みに、由希はハッと我に返る。
 慌てて姉の傍に駆け寄った。呪われた姿を見られるわけにはいかないので、フードを前へと引っ張るエルイスは、少し離れた。
「美和姉! バカなことしてないで帰ろう!」
「そうですぞ、ミワ殿」
「うるさいね」
 睨まれて由希とモンテが怯む。
 もう少しで美和の勝利が確定する。それはまずい展開になりそうな予感がしていた。
 妖精たちはざわめきつつも、勝負を続けている。
「亜矢姉も心配してたんだぞ!」
「そうかい」
 どうでもいいように言う美和は、「ん?」と呟く。
 初めて手が止まった。
 そして妖精たちを睨みつけた。
「ズルをするとはいい度胸じゃないか」
 その言葉にエルイスは驚いて目を見開く。
 妖精がズルをしないなどと勝手に思い込んでいたのはエルイスたちのほうだ。人間ではないから、虚偽など関係ないと思い込んでいた。
(そんな馬鹿な……では契約を守るつもりもないのか!?)
 美和は無言になってそのまま勝負を続け、勝った。だがすぐに立ち上がり、盤を机から叩き落す。
「やる気のない勝負なんてうんざりだ。約束は守るつもりはないんだろうね」
 エルイスは愕然とし、美和をまじまじと見つめる。彼女はこちらを冷たく見てきた。
 最初からわかっていた?
(この女……!)
 腹の底から怒りが沸いてくる。
 ガラスのテーブルをエルイスがばん! と強く叩いた。
「貴様ら……なぜ勝負を受けた……?」
<王の選定は一人につき一度だけ。二度はないわ>
 つまり二度目のゲームに契約制はないということだ。効力のない遊戯に浪費したのだ。
<彼女は王に相応しい。相応しい>
 相応しいと何度も言う妖精たちの声が耳障りでならない。
 これでは呪いは解けない。願いは叶わない。
 悔しさで憎悪の瞳を妖精に向けるエルイスは、美和の腕を掴んだ。
「戻るぞ!
 アシャーテ!」
「はい、殿下」
 素早くエルイスの傍にアシャーテが移動すると、イシュパが「そうはいかないです」と呟き、持っていた杖を一振りした。
 魔法陣が一瞬で現れ、周囲を包み込む。
 アシャーテの色違いの瞳が憤怒に染まった。
「どきなさい!」
 陣を打ち破るアシャーテの魔力は強い。イシュパの魔法陣はあっという間に粉々にされてしまった。
「うおおおお! すげー! CGナシのガチの魔法バトルじゃん!」
 歓声をあげる由希は、太ももに巻いていたバンドに手を伸ばす。そこにはデジカメが!
「なにをやってるんだい、阿呆な弟だね本当に!」
 呆れた声を出す美和にハッとし、由希は捕らわれの姉の姿を見据えた。
 彼女はしっかりと第三王子に腕を握られており、逃げられないようになっている。いや、逃げられるはずだ!
(姉ちゃんは合気道を習った。あれくらい……。いや、王子様相手じゃ、勝手が違うのかも)
 ともあれ、助けなくてはならないが、ここはイシュパに踏ん張ってもらわなければならなかった。彼が勝てなければ美和の身柄は第三王子が拘束したままになってしまう!