ふわふわと空中を漂っているミラは、まるで浮遊霊のようで……ちょっと気持ち悪い。
 しかも顔がナギルのお兄さんて……悪趣味すぎる。美形だけど。
 わたしたちは小部屋で相談をしていた。まずはお姉ちゃんを助ける算段だ。
「ねえミラ。お姉ちゃんをどうにかして助けることはできないの?」
「できるできる。そこらの魔道士よりも、ぼくちんのほうが強力だからね」
 どういう意味かとわたしはナギルに視線を遣ると、彼は渋い表情でミラを睨んだ。
「精霊は人間とは違うからな。魔術は使えないが、魔法は使える」
「まほう?」
 またファンタジー???
 げんなりするわたしにナギルは仕方なさそうに肩をすくめる。
「ミラは鏡の化身だし、人間より長生きだ。その分、能力も強い。たかだか百年たらずを生きるオレたちよりもな」
「ちょっとー。その説明だと、年寄りだからすごい力持ってんだぞーってなるじゃないの。ひどいなぁ、殿下は」
 空中で器用に寝そべり、ミラは頬杖をついてリズムをとるように首を左右に揺らした。じっとしていられないのね、こいつ……。
「まあ間違ってはいないけどね。精霊は、年月を経たほうがより力が増す。人間じゃないから、使う能力も『魔術』じゃない。魔法と呼ばれる、人間には理解できない領域の出来事なのさ」
「魔法が理解できない領域?」
「そ。人間は『わからない』現象をぜ〜んぶ一緒にしちゃうことって多いでしょ。精霊の使う力もその一つってわけ。
 わかりやすく、大分類『魔法』に入れちゃってるだけなの」
「???」
「かわいこちゃんて、もしかしてこういう知識ないのかなぁ。こりゃ大変だ。
 でもだいじょーぶ! ぼくちんが手取り足取り教えてあ・げ・……へぶっ」
 ナギルが容赦なく殴ったので途中で言葉が途切れた。あーあ、ミラってばなにやってるのよ。なんかナギルを怒らせるようなこと言ったってことよね?
 ……えーっと、なんだっけ? なんか親切に教えてくれるとか言ってたような気はするんだけど……。
「そういうことはオレがアヤに教える。おまえはいらん」
「ちぇー。殿下は心が狭いなぁ。
 まあいいや。とにかく、かわいこちゃんのお姉さんを助ける、だったよね? 妖精どもはどうせ約束なんて守る気はないから、命は大丈夫じゃないかな?」
「どういうことだ?」
「妖精の王の選定は、一人につき一度だけっていう決まりがあるんだ。その契約だけは、あのバカな妖精どもも破れないものだからね」
 バカ呼ばわりされている妖精……。
「二度目はただのお遊びだろうから、お姉さんは命まではとられないし、何もとられない。ただ、人間を信じ込ませて勝負させようとするかもね。詐欺師みたいに」
「妖精って、その……そういう俗なことするわけ?」
 わたしの言葉にミラは目を細めて笑う。
「妖精だって俗物だ。ぼくちんだって、俗物だよ。快楽を好むし、悲愴なことはできるだけ避けたい。
 プライドが無駄に高いのは、ま、個人的なものだと思うしね」
 ものっすごい言い方してるような気が……するんだけど、気のせいかしら……?
「ぼくちんみたいに、人間に興味があって一緒にいるのを望むやつもいれば、えらっそ〜に上から目線で『王を選んでやる』なんていう連中もいるってこと。
 人間とは作りが違うだけで、俗物だとぼくちんは思うけどね」
 さっぱりしているのねぇ、ミラって。
 空中でごろんと寝返りまでうって、彼は面倒そうにした。
「あいつらは王様選びが大好きだからね。ま、勝負に負けた人間が青くなって震えてる様子見るのが面白いだけなんだろうけど」
 それって妖精のこと? あ、悪趣味なのね、あの妖精たちって……。
 ごろごろと空中で寝転がるミラはだらしない。ぷるぷると怒りに震えるナギルが可哀想になった。
 そりゃそうよね……。実の兄がこんなに変わっちゃったら嫌よね、たとえ偽者でも。
「ミラ、おまえは妖精より強いのか?」
「強いね」
 さらっとミラはナギルに応えた。不敵な笑みがまた似合う。
「単純なパワーの差ってやつさ。ぼくちん、精霊の鏡とか呼ばれてるけど、元々は封魔の役目があるからね。
 そりゃ、強力じゃなきゃやってらんないっしょ」
「ふーま?」
 首を傾げるわたしにナギルがこちらを見て口を開いた。
「悪魔や、魔物を封じる役割のことだ」
「でも妖精は悪魔じゃないけど?」
「魔を封じるには物凄い力が必要なんだ。それをミラは所有していると言っているんだ。
 単純な能力の差というやつだな」
「???」
 わけがわからない……。
「妖精を武器とすれば、ミラは兵器だと思えばいい。それくらい能力差というか、そもそも属性が違うんだ」
「へー! 今のはわかりやすかったわ!」
 感心する私の言葉にナギルが「うっ」と洩らして、顔をなぜか赤くする。……熱でもあるのかしら? 風邪とか?
 ミラはにこにこしながらこっちを見ている。なんなのかしら……いやらしい笑顔のような気がするわ。気のせい……?
「じゃあミラだったら妖精を蹴散らせるのね。お姉ちゃんを助けるの、手伝ってくれる?」
「いいとも〜! でもまずは状況を分析しないとね。
 ほら、かわいこちゃん、手鏡出して。見たいところを念じるんだよ〜」
 なんか……うまくいきすぎてて怖いんだけど……。大丈夫かしら?
 お姉ちゃんのことを念じると、手鏡がすぅ、と光ってなにかを映し出す。
 あ! あれは由希! それにモンテさんもいる! あれ? 見たことない銀髪の人がいる……誰だろう。
 お姉ちゃんはフードの人に腕を掴まれてるし、その前にはあのアシャーテさんがいる。
 なんだか白熱してる感じ……?
 鏡を覗き込んでくるナギルが仰天した。
「あれはイシュパ! なぜ第二王子の魔道士があそこにいるんだ!?」
 ええっ? あの銀髪の人、ナギルの命を狙ってた第二王子さんの魔道士なの? それってまずいんじゃ……。
 ミラはまたも寝返りを空中で器用にこなしてくすくす笑った。
「さてね。ぼくちんにも状況はわかんない。鏡は真実を映し、影を映し、見えぬものをみせるけど、『声』や『音』は反射してしまうから」
 …………? わかりにくい。
「つまり、音が伝わらないから状況を把握できないということだ」
「なるほど〜」
 ナギルの説明に私は何度も頷く。
 ナギルって、本当はいい人なのね。こんなに親切に教えてくれるし。ますます私みたいなのが婚約者のふりをしてるのが申し訳ない気がしてきたわ。
 鏡の中では赤と青の火花が散っている。なんなのこれー! どこかの映画かなにかなのーっ!?
 もっと大画面で見たらド迫力に違いないわ! ひぃ〜! なんかすごいんですけど! 私のつたないボキャブラリーじゃ、全然説明できないわ!
 でもえっと、銀髪の人の背後には由希とモンテさんがいる。逆に、あの黒髪の美女の後ろにはフードの人とお姉ちゃん。
 これは……構図的には…………。
 覗き込んでいたナギルが首を傾げる。
「イシュパがユキたちの味方に……? どういうことだ?」
「さてねぇ。で、行っちゃう? でもぼくちん、瞬間移動の魔法は使えないよ〜」
「なんですってー! 映画とかだと、こう、鏡と鏡の間で移動できるとかそういう設定、よく見るわよ!」
 我ながらちょっとファンタジーな設定を、よく憶えていたものだと思う。だってそういうの、本当に詳しくないし。
 そもそもファンタジーなんて、現実世界じゃ存在しないもののことだし。
 ミラはごろりと寝転がる。
「そりゃ、向こう側に鏡があれば可能な魔法だけど、あ、それって魔術でも可能だけどね。シャレイの森に鏡はないから行けないよ」
 うわー! そりゃそうだわー!
 森に鏡があるわけない。ていうか、手鏡の光景からして、ありそうにない!
 じゃあどうすればって、思っていると、手鏡の中でバチバチバチ! とまた火花が飛んだ。ひぇー! 本当に映画顔負けの映像だわ!
 なにこれ。この世界ってコレがフツーなの? 魔法使いみたいなのがドンパチやってて罰せられないなんておかしいわよ! 普通の人だったら巻き込まれて死んじゃうじゃないの!
 うわあ! とか思っていたら、お姉ちゃんたちが消えたーっ!
「きゃああああ! 消えたー! 消えたわナギルー!」
 悲鳴をあげて動揺する私に、ナギルが呆れたように頭をぽんぽんと撫でてくれた。いやいやいや、撫でるところじゃないわよ!
「移動魔術を使ったんだ。べつに消失したわけでも、殺されたわけでもない」
「……………………え。そうなの?」
「ああ」
「そ、そっか……」
 いやでも、安心できるのそれって。またどこかに連れさらわれちゃったってことじゃないの?
「んん?」
 ミラが起き上がって、地面に足を……いや、ついてないわね。微妙に浮いてる。
「おやおや。王宮内にご帰還とは……よほど自信があるんだねぇ」
「ええ! こ、ここに帰ってきてるの?」
 仰天する私はナギルを見上げた。ナギルは困惑し、青ざめている。
 お姉ちゃんをさらったのが第三王子なら、ナギルはどうするんだろう……。
「アヤ」
 彼は決意した声で静かに言う。
 私までなんか、怖くてどきどきしてきた。ときめきのどきどきのほうがいいんだけどな……。怖い……。
「兄上のところに行ってくる」