「わ、私も行く!」
 そう言って、私はナギルの、出て行こうとした袖を掴んだ。ぎゅっと、指先で。
 手鏡を必死に持ち、睨むように彼を見る。だって、私のお姉ちゃんのことで彼に迷惑をいっぱいかけてる。
「アヤ……ここに居ろ。安全だ」
「おいおい。なめてもらっちゃ困るね。守護精霊になってるぼくちんを忘れるなよ〜」
 ああもう! ミラ、うるさい!
 ぎっ、と睨むとミラが黙ってそっぽを向いた。
 私は視線をナギルに戻した。
「私のお姉ちゃんのことだもの。ナギルにばっかり頼ってちゃ、だめだと思うの」
「…………」
 そっと彼は私に向けて微笑んだ。
「おまえは気にするな。オレがなんとかする」
 うう! なんていい人なの!
 ごめんなさい。泥棒とか最初思っちゃって! 私を縛り上げたのだって、知らない人だったから怖かったのよね?
 同情的な目で見ていたら、ナギルが変な表情になった。
「……おまえ、なんでそんな目でオレを見てる……?」
「え? ナギルって、いい人なんだなと思ってただけよ」
「…………なんだか言うことをきかなかった猫がやっと歩み寄ってくれた、みたいな顔をしていたぞ」
「なにそれ。変な例えね」
 よくわからないこと言うなあ。
 ミラが私の横でぶはっと吹き出して笑いを堪えている。ん〜? 笑うようなこと、ナギルって言ったかしら?
「とにかく私も一緒に行く! なにかあったらミラを盾にするから大丈夫よ」
 たぶん。と、心の中で大きく付け足した。なにせこの精霊、スッカスカなんだもの。
 ナギルはどこか心配、というか不安そうな顔で私を見ていたけど、置いていくよりはって思ってくれたみたいで溜息をこぼしていた。
「仕方ない。オレから離れるなよ、アヤ」
「わかってるわよ」
 威勢よく応えると、驚いたように彼がこちらを見てきた。
 な、なによ? 私、べつに変なこと言ってないでしょ?
 そもそもナギルから離れたら迷子になっちゃうわよ。どうやったって、今この王宮で私の味方はこの人だけなんだろうし。
 ああもう由希もモンテさんもなにやってるのかしら? お姉ちゃん、無事だといいけど……。
「……おまえ、やけに素直だな」
「へ? そう?」
「いや、素直だ。熱でもあるのか?」
 真剣に聞かれて顔が強張る。ちょっと見直したと思ったらこれだ!
「失礼ね!」
「…………いや、すまない」
 ぽつりと謝ってからナギルは歩き出す。私はその後に続いた。
 しかし……つくづく私って、なんにもできないのよね……。なにかこう、全部ひっくるめて終わったらナギルにお礼でもできたらって思うんだけど。
 そりゃ、巻き込まれたわけだし……迷惑もしてるけど……。
 同じくらい、ううん、それ以上に大変なナギルに迷惑かけちゃってるのって、良心が痛むというか……。

 回廊を一緒に歩きながら、行き交うメイドさんや、見慣れない豪華な衣装のオジさんたちがナギルに頭をさげて通り過ぎていく。
 ……そっかぁ。そういえばナギルって王子様なのよね……。偉そうにふんぞり返っててもおかしくない存在なんだっけ。
 しっかしこの王宮ってとこ、なんかやたらでかいし、廊下は長いし、複雑な作りになってるわよね。まぁ大きいのは、王様の住んでるところなんだし当然なんだろうけど。
 曲がり角を過ぎたところで、私は目の前のナギルの背中にぶつかった。
「ちょ! なにやって……」
 立ち止まった彼にぶつかったわけだけど、呆然としている彼の視線を私は追った。
「え……ええええええーええーーーーーーー!!!!」
 絶叫をあげる私の口を慌てて彼が手で塞ぐ。
 だって! だってだってだってー!
 ありえないでしょ、なによあれー!
 むぐむぐと文句を言う私を引っ張って、ナギルは来た道を戻り、そっとその光景を除き見た。私も、そっと顔だけ出してそちらを見遣る。
 騎士風って言うのかしら? そういう衣服に身をつつんだお姉ちゃんが、アシャーテさんと一緒に歩いていたのだ。ばっちり眼鏡つけてるし、微妙に似合っててびっくりよー!
 ていうか、なんで男装なんかしてるの? わけわかんない! どうなってんの?
「アヤ」
 静かにナギルが呟く。
「ミワ殿は本格的にエルイス兄上についたのかもしれない……。あれはエルイス兄上の所有する騎士団の隊服だ」
「な、ななななな……!」
「へぇー。似合ってるねえ、かわいこちゃんのおねーさんの男装」
「ミラ! あんたどういう状況かわかってるの! 楽しんでないで……」
「しっ! 静かに」
 ナギルの鋭い声に私は慌てて黙る。
 そうだわ……お姉ちゃんて物凄く勘が鋭いのよね……。私たちが覗き見してるのがバレちゃったらまずい。
「お姉ちゃんが第三王子様の騎士なんかになるわけないわ。面倒くさがりなんだから、そもそも」
「オレもそれは同意する……。なにか裏があるとしか思えんな」
 私は浮遊しているミラを見上げた。
「ミラ、ミラはなにか見える?」
「んん? そうだな〜……べつに強力な魔術にかかってるわけじゃあなさそうだね」
「ええ? そんなぁ」
 なにか変な魔術とかにかかってたほうがマシよ。
 どうせ脅されてるんだわ。お姉ちゃんをどうにかしようなんて許せない! 妹の私が……ど、どうにかして成敗してやる!
「しかしミワ殿は似合っているな……」
「ちゃんとお化粧すればお姉ちゃんて美人なのよ。一度、梅沢さんのお見合いをぶち壊すために着物姿で行ってもらったんだけど、すごい美人で私もびっくりしたもの。
 男装が似合ってても不思議じゃないわ」
「似ていないと思っていたが……おまえたち姉弟は」
「そりゃ、由希が一番顔がいいけどね。お姉ちゃんて一重だし、視力が悪いから目つき悪く見えちゃうのよ」
 そういう問題か? というようにナギルが見てくる。
 いやだって、実際に騎士の格好のお姉ちゃんは似合ってるわけだし。
 でも……お姉ちゃんがマジで第三王子様の味方についたっていうなら…………それって、ナギルとは敵対するってことにならない?
 お姉ちゃんたちが向こうの通りを過ぎるまで、私たちはそこから見ているだけだった。
 真相を知るには第三王子に会うか……お姉ちゃんが一人になった時を狙わないといけないわよね?
 ああもう、次から次になんなのよ。どうなってるのか本当に説明して欲しい!
「行ったみたいだ。ミワ殿に気づかれたらと思うと冷汗が出るな」
「……お姉ちゃん、一人になる機会とかあるかな。会って話ができれば……」
「それは難しいだろう。アシャーテが一緒に居ることなど、まずありえない。明らかにあれは監視だ」
 やっぱりそうなんだ……。
「どういうことかわかりそう? ナギルは」
「いや……。手っ取り早く考えるなら、ミワ殿は命をエルイスに握られている。アシャーテなら殺すのも簡単だろう」
「そんな……!」
「だがミワ殿を殺すのは簡単すぎる。何かに利用したほうが価値があると兄上は考えたのだろう。さらったのも、それが理由に違いない」
「理由って……。だってお姉ちゃんはただの地球人なのよ? あれ? 日本人のほうが正しいかしら」
「ティアズゲームに勝ったのが問題だろうな」
 またここでそれが出ちゃうわけか……。
 もう、なんなのよ、『王の選定』って! 妖精どもが余計なことをするから、こんなややこしいことになってるじゃない!
「オレが王位を狙うなら、ミワ殿を懐柔して味方につける方法をとる。妖精は頑としてミワ殿を王にしろと言っているしな。
 ミワ殿を味方につければ、王につくのも簡単そうだ」
 だが、とナギルは渋い表情になった。
「エルイス兄上が王位を狙っているなど、聞いたことがない。そもそも人前に出てくることすら稀な兄上なんだ」
「そんなに珍しいの?」
 あのフードの人が?
「兄上が王宮を歩き回る姿など、本当にないといってもいい。代わりにアシャーテが代理でよく顔を出していたがな」
 てことは、そのへんにもなにか色々事情があるってことよね……?
 ああもう、ややこしい人ばっかりじゃないの、この王宮ってとこは?
 物語とかだと、王子様とかはもっときらきらしてるし、単純明快だってのに〜!
 ん?
「そうよ、ミラ」
「はいはい。お呼びかな?」
 いつの間にか私たちの真上に浮かんでいたミラが見下ろしてくる。にっこりと笑って。
「第三王子のところに様子見に行ってよ。なにかわかるかもしれないし。ほら、あんたって他の人には見えないんでしょ?」
「見えないとは言っても、かわいこちゃんの親族には見えちゃうからなぁ……」
「でも第三王子には見えないわよね?」
「……守護精霊の正しい使い方じゃないけど……」
 呆れたように見てくるミラだったけど、まあいいか、と呟いた。
「初仕事だし、簡単だし? いっちょ行ってきてあげよう」
「助かるわ、ミラ。なんかつかんでこないと、承知しないから!」
「さっきと言ってること違う〜」
 も〜、と文句を言いつつ、ミラがふわふわと飛んでそのまま空中に溶けるように消えてしまった。
 残された私たちは顔を見合わせる。
「とりあえずオレの部屋に戻るか。モンテたちのことも気がかりだ」
「そうね。ってあーっっ!」
 大声をまたあげてしまい、慌てて隠れるように走る。ナギルを引っ張って、庭に出てそのへんに適当に隠れた。
「な、なんだ? どうした今度は?」
「シーッ! ほら、あそこあそこ!」
 指差した先の廊下では、由希が歩いている。正真正銘の由希だ。
 特殊メイクはとったらしく、綺麗な顔立ちの男の子が小姓の格好でとことこと歩いているではないか!
「あれは……フレイドの小姓の衣服……!」
 嫌悪を丸出しにして言うナギルの言葉に私が絶句した。
 な、なんですってー!
 じゃ、じゃあなに?
 由希は第二王子の味方についてるってこと? なんか一緒に銀髪のあの魔道士さんも一緒にいるけど……どうなってるの???